ようこそ!

ようこそ!

この今、この身体にもたらされるわたしの生は無限ではない。 だからこそ、この時この経験から得られる言葉をのこす。

自己のかたち

自己のかたち

自己とは、さまざまな角度から自己を観察するしかない。わたしの視点、偏った視点から見ても、真の姿は見えない。あるはずの自分の鼻が、普段は見えていないように。片目を瞑った時にしか、目には見えないものもある。当たり前に、すべて見えてると思うものそれこそ疑うべきである。

生きるための智慧

生きるための智慧

「生きるための智慧」使い古された言葉だけど、これがわたしのうちから出された言葉であれば意味は違う。この言葉の真実には血が通う心理が存在するからだ。この言葉を胸に人生を生きる生き方ではなく、生きることにより得られる智慧が大切なのだ。

感覚を探る旅〜グレートジャーニー

感覚を探る旅〜グレートジャーニー

グレートジャーニーとは、人類が起源のアフリカから離れ世界に広がっていった旅である。この続きは、宇宙という物理的な世界と内なる宇宙精神的なものに続いている。感覚を探る旅は、今始まったばかり、さまざまな人種や宗教や個人というの枠を外れ、人類共通の目指す方向に旅は続く。

クラウドシンキング

クラウドシンキング

クラウドシンキングとは、内に生まれるさまざまな考え。答えがわからない苦しみを感じているとき、それは内に何かしら変化を生じているサイン。わたしを含む宇宙におけるすべての存在は、同じ原点を持つ存在。でも今はさまざまな思考により、分断された存在。導けない問題の解がそこにあるかも知れない。

わたしという存在〜縁(よすが)に生きる

わたしという存在〜縁(よすが)に生きる

そもそも、わたしという存在は苦しみを感じたものにしか、回答を得られない。苦しみを感じないものにしか、答えが出せないのだ。悩んでいるのは、何に苦しんでいるか理解していないだけ、苦しみを理解する努力をすれば、その解決方法は自ずと現れるこれがわたしというフレームの特性(よすが)である。

意識は前に、行動は現実に任せる〜生きかた

意識は前に、行動は現実に任せる〜生きかた

日常の生活でも、困難でさあざまに嫌なことが起きる。こんなときでも、立ち止まっても足元を見て続けてないけない。足元を見ているということは、次々に起きる現実、つまり変えようのない過ぎ去った過去の見ているからだ。だから、意識は前に向けつつも、行動は現実に任せる。この生きかたについて考える。

脳の成長とは

脳の成長とは

足が痺れて感覚を感じられない。感覚を失い、無感覚となり感覚をロストしている状態。これは日常でもある。思考にとらわれ、マインドワンダリング:あたふたした状態。これは、常に発せされている感覚神経からの微流な電気信号が遮断され、脳に伝わらない状態である。これを脳の成長にどう使えるのか考える。

思考は苦 感覚は楽

思考は苦 感覚は楽

瞑想をしていると感覚から離れ,思考が立ち上がる。思考が立ち上がれば,苦しみの車輪が廻り始める。思考を理解して手放せれば,苦しみから解かれる。そう分かっても単純にそうならない。なぜか?それは,思考が起きないとつまらない,平静とは面白くないのだ。だから退屈から逃れるため、思考を始めるのである。

何ともならない自己を知る

何ともならない自己を知る

何かこれまでと違う発想を持とうとするとき,自己には抵抗する反応が現れる。それは,違和感・気持ち悪さ・嫌悪感etc,抵抗は過去の記憶がもたらす反応である。つまりは,思考が過去に引きづられるのだ。これにより,客観的な判断ができなくなるのだ。このことについて考える。

実践しつづけること〜学ぶこと

実践しつづけること〜学ぶこと

期待するから当てが外れる。初めから期待しなければ当ては外れない。捨:執着しないこととはここから始まる。ならばわたしは,期待を捨てた先に,今何を実践することができるのか?ここに「学び」がありこれを実践しつづけることが必要である。この理由について考える。