「 瞑想 」一覧

思考の煙り

思考の煙り

思考の煙りとは、いつも間にかアタマの中をいっぱいにする得体の知れない存在である。この思考の煙りが感覚を感じることを見えなくする。でも、感覚は確実に身体に存在する。瞑想の最中でさえ、探っているのに感覚を見失う。見失う原因は、思考の煙りである。このこと思考の煙りについて考える。

頑なな本質の理解とともに

頑なな本質の理解とともに

瞑想のチカラで感覚を探ると何度も何度も、同じ思考のパターンが起きる。それは、日常の仕事などで、わたしの本質を捻じ曲げ、湾曲されれたとき、〉なんで俺がそうしなければならないの?怒りとともに、苦しみと反発が起きる。この背景には、頑なな本質の存在がある。この本質とは何かを考える。

苦しみのミライ

苦しみのミライ

瞑想とは、苦しみから目を逸らさず。弛まない感覚の観察で張り過ぎず緩み過ぎず。丁度いい塩梅で、自己という曖昧なものを明確にしねらうこと。これが瞑想の現実である。この態度で内に抱く苦しみのミライには何が存在して、何が待ち受けているのだろう?

瞑想の賜物

瞑想の賜物

不安は誰もが抱く最大の苦しみである。不安の要因は、他人を信じて任せることができないこと。と同時に、自分のエゴが手放せずに“すべて自分がせねば“と頑張ってしまう自分がいる。「どんなに辛くとも、自分の思考の枠に囚われるな」そう自分の本音が言う。それがどうやらこれがわたしの本音のようだ。

瞑想の真価

瞑想の真価

瞑想の真価とは、何かを考える。日常の苦しみを伴う修行も、何の為に行っているのか?疑問を抱くこともあるだろう、瞑想をやめてしまおう、そう思うことはこれまで幾度もあった。当然であろう、そのことを先達は答えてこなかったのだ。その真価についてわたしの体験を持って答える。

苦しみの変容

苦しみの変容

欲することから、生まれる苦しみ。お金を増やして豊かに生きたい。仕事でもっと出世して偉くなりたいetc。全ては欲すること。でも、人である限り、欲することはやめたれない。この苦しみを変容するために必要なこととは何か?考える。

人の器とは

人の器とは

お猪口のように小さいわたしの器を知る瞬間がある。わたしは、他人への優しさを持っているつもりでいた。しかし、仕事などの疲れにより初めに失われるのは、いつも相手への優しさであり、残るのは怒りと苦しみであった。人の器とは何か?そのための態度とは何か?考える。

無意識との和解

無意識との和解

わたしと私の心を支えている体の細胞は60兆個あるという。この体の内にある60兆個の細胞と対話するにはどうしたらいいのか。どんな状況か?苦しみはないか?もちろん回答はない。でも、体と心の和解をすることにより、知らず知らずに抱いてた苦しみからの脱却を目指す。その方法とは?