仲秋の明月を見ながら、じっと内にある感覚を感じる
このままずっと月を見ていようか
でも、寒さを感じ、もうやめようと内なる私がささやく
60兆個の細胞と瞑想対話
わたしと私の心を支えている体の細胞は60兆個あるという。
この体の内にある60兆個の細胞と対話するにはどうしたらいいのか。
どんな状況か? 苦しみはないか?
もちろん、回答はない。
でも、ことばではない理解の仕方がある。それは、感じること、個々の細胞では難しいが全体的に感じことはできる。
暑い、寒い、痛い、痺れる、痒い、くすぐったい、
ウロウロ、イライラ、ピリピリ、ぐるぐる、そわそわ、ガンガン
瞑想のチカラを借りて、、
朝のおろしたての身体は、苦しみの少ない状態の身体で潜在意識を教えてもらう。
夜の身体では、一日の苦しみとともに、身体を労り癒すことで顕在意識に感謝する。
こうして、60兆個の細胞と瞑想の力により対話し、過ごしている。
気づかれず見過ごされた無意識
風邪の効用(野口晴哉 1962)では、本人が気づかない偏り疲労、そういう使い過ぎ運動によい弾力が失われ風邪を引くことにより恢復(かいふく)している。風邪は体の整体法と無意識の体の反応でもって体は健康を維持している。
どうやら、風邪の恢復過程でも、体の状態に気づかない顕在意識をフォローする形で無意識が働いているようである。
無意識、つまり潜在意識とは、井戸の底にはない。
無意識は常にある。感覚の苦しみに、邪魔され、ノイズに消されて、普段は感じられずにただ見過ごされているだけ。
体が感じている苦しみに邪魔させずに落ち着いたこころでを対話すれば無意識が顕在化する。
こころの対話でもって、体の状態に気づく療法が瞑想である。
潜在意識のサイン
私の場合、日常では感じられないサインがある。
シーンという音だ。
よくマンガで、静かな場面で使わられる音ではない言葉、それがシーンだ。
ある時、このシーンという音が、聞こえている時には気持ちが落ち着いていることに気づいた。
周囲に気になるノイズがない時、人がいない時には、このシーンという音が聞こえ、人と話したり、気持ちがイライラしている時にはこの音が消えるのだった。
ならば、このシーンという音の正体は何か?
私は、私の心の持つ波長のノイズであり、言い換えれば、脳波の反響であると考える。これをホワイトノイズとした。
すると、いつもこころを左右している無意識の存在が浮かびあがる。
いつもそこにあるのに、見逃している無意識の存在である。
このシーンという音は、サラサラとした金属音に近い音、後頭部中央の盆の窪上(後頭隆起)に感じられる。
無意識との完全な和解
この無意識を理解する為に、私がおすすめするメソッドはヴィパッサナー瞑想である。
この瞑想法では、呼吸を観察する瞑想法(アーナパーナ)に始まり、体の感覚を観察する瞑想法(ヴィパッサナー)まで、10日間の入門コースで実践できる。
入門コースから帰ってから、継続することで、無意識の変容が期待できます。また、これを実践し続ける為に、必要なものは次の3つさえあればいい。
・瞑想をする落ち着いたスペース
・座布
・努力(ヴィリア) 以上
※お金は一切掛からない。
やがて、日々の生活の中で瞑想を実践していけば、初めは姿勢を維持するのも苦痛であったのに、それでも努力を続けていくと、より繊細な感覚が感じられるまでに達する。
すると、体の隅々までの微細な感覚とともにあることを実感することができ、今まで、体が感じてつづけていた苦痛を知ることにより、体に関する無知から脱却し、体の納得が得られるまで感覚を理解することができる。
すると体は、自然にこころと和解する。
必要なことは、シンプルに体感覚を理解しようとする努力だったのだ。
すると、自ずと体のわだかまりによる苦しみは消え、無意識と完全なる和解ができるのだ。