「 智慧 」一覧

思考に妄想を展開させない

思考に妄想を展開させない

今のこの苦しみがあるのは誰かのせいだと、現実に起きているかのように意見をつけて燃やす。この現在起きていないことに。これらは、過去の記憶からくる脳の勝手な妄想である。思考による妄想の世界がくるしみの原因である。この妄想を展開しないためにどうすればいいかを考える。

思考の理解により、自己の変革を成す

思考の理解により、自己の変革を成す

毎朝の瞑想の1時間、正直始める前は嫌だなといつも思う。この根底にあるもの、これは奥底で好き嫌いを感じるこころの根っこが反応しているのである。そのこころとは、思考である。思考とは、悪者ではない。思考と感覚のバランスが重要だったのだ。この理解ともに、自己の変革を成す。これについて考える。

苦しみから解かれる瞑想

苦しみから解かれる瞑想

苦しみに耐えながら、日常を送っているすべての人々に伝えたい。「いろいろなことを考え何もしないことより、今この身体を使ってできることをして、これからに備えることの方が重要ある」今この身体を使ってできることとは何か?苦しみを理解して解かれるとは何かを考える。

感覚の安らぎ

感覚の安らぎ

思考は苦しみを生む、感覚は安らぎを与える。思考は身体から感覚を離す。わたしは、感覚を探り、感覚を取り戻す。そうやって意識的に思考から感覚を瞑想のチカラで取り戻す。そうして、得られた安らぎには安心が生まれる。この過程において思考から感覚をとり戻すとは何かを考える。

我が、己の器において立つ

我が、己の器において立つ

瞑想のチカラにより意識的に我を強め、内にある確固たる我を知れば、我は己から離れ無我となる。そのためにも、我とは何かを意識のチカラで、正確に定義する必要がある。これにより、日常で思考に蒙昧することがあっても、妄想から自分の身体を取り戻す、これが我が己の器において立つということである。

関心ー理解ー解脱→苦しみから解かれた存在へ

関心ー理解ー解脱→苦しみから解かれた存在へ

物事の道理を曲げるのは無関心である政治も仕事も人間関係も、すべては無関心が道理を曲げる。もし、この道理が曲げられれば、ココロに歪みが生じる。そこに苦しみが生じムダなエネルギーが消費される。だから無関心は良くない。やがて、関心ー理解ー解脱、苦しみが解かれた存在へなるために。

この世界の真実

この世界の真実

この世界には多く苦しみが存在する。このすべての苦しみは、成長するための過程である。自己の成長には、もがき苦しむことが必要である。サナギから脱皮するように、これまでの自己殻からのフレームアウトがこの世界の真実を知るためには必要であるのだ。それを探求する。

人生のテーマ

人生のテーマ

苦しの中にあっても、健やかであり、幸せであるこれが人生に目指すものこの苦しみだらけの世の中、如何に健やかに生きるか?それが人生のテーマである‥この人生のテーマを実現するために何が必要か?安住の地は必要なのか?これらを考える。

苦しみのミライ

苦しみのミライ

瞑想とは、苦しみから目を逸らさず。弛まない感覚の観察で張り過ぎず緩み過ぎず。丁度いい塩梅で、自己という曖昧なものを明確にしねらうこと。これが瞑想の現実である。この態度で内に抱く苦しみのミライには何が存在して、何が待ち受けているのだろう?

瞑想の賜物

瞑想の賜物

不安は誰もが抱く最大の苦しみである。不安の要因は、他人を信じて任せることができないこと。と同時に、自分のエゴが手放せずに“すべて自分がせねば“と頑張ってしまう自分がいる。「どんなに辛くとも、自分の思考の枠に囚われるな」そう自分の本音が言う。それがどうやらこれがわたしの本音のようだ。